菊地と田中

1日遅れのバレンタイン話でーす。
もうね、もうね、あまりの久しぶりの書きっぷりに恥ずかしさがorz

どうでもいいですが今年の菓子屋の陰謀は逆チョコでしたな。私も逆チョコを、と調子こいて今年は友人にレンジで作った蒸しパン（失敗気味）をあげてみました。そして生チョコを買ってもらいました。えびたいってこういうことをいうんだな、と思いました（笑）

もし興味ある方は『つづき』からどうぞ。

---

　応援団に軟派なものは関係ない。
　そう思っていても負けてしまう甘い誘惑に、僕は抗う事が出来なかった。



－バレンタイン・キッス－



『バレンタイン・デー』
　日本では今や国民行事と化してる、女性から男性に甘いチョコレートに勇気を託して告白する日。
「そっか、もうバレンタインなんだ」
　立ち寄った店の一角がピンク色に彩られている。
　だがピンクだけでなく、シックな色の包装紙が掛けられている箱の棚を菊地はマジマジと見つめた。
　見本として中身が見えるものが置いてあるシックな色の包みの箱を手に取って、中のチョコレートを見る。
「あ、コレ美味しそう」
　ちょっと小さく鳴る喉の音に加えて、隣から聞こえてきた小さな笑い声。
　顔を上げると、隣には自分より少し背の低い二人組の女の子が自分を見て微笑んでいる。
　それは一瞬にして自分を正気に戻すと同時に、ボッと顔に熱が灯った。。
　慌てて手にしていた箱を棚に戻すと、菊地はそそくさとその場を離れる。
　そして数メートルだけ離れ、今いた所を振り返ってみると制服姿の女の子達が集まり出していた。
「良いなぁ、…女の子は」
　ぽつりと呟いた言葉。
　自分は男で、あの場で浮いていたのは確実だが、そこに思わず立ち寄ってしまったのは。
「…帰ろ」
　はぁ、と小さな溜息を漏らすと菊地は、店を後にした。



　数日経って、隣町の応援団と合同練習の日。
　折りしもその日は二月十四日。
　まだまだ真冬のこの時期、河原には冷たい風が吹き体温を奪っていく。
　寒さに震えて声が出なければ、怒号にも似た声が辺りに響き渡る。
『菊地！　腹から声を出せ！』
「はい！」
　声出しだけで、体温を奪われている体は簡単に体力までも落ちていく。
　菊地は立っているのが精一杯になり、少し視界がぐらついた時だった。
「危ないっ！」
　その声に気付けば、崩れ落ちそうな身体を田中が支えてくれている。
　菊地は田中の顔を見ると無理やり笑顔を作った。
「ゴメン、大丈…」
「大丈夫じゃないでしょう、顔色悪いよ？」
　そのやり取りに近寄ってきてくれた団長が全員に一時休憩を言い渡す。
　体力がないわけではないだろうに、こんな時にふらつく自分が菊地は酷く恥ずかしかった。
　座り込み、表情を見られないように抱えた膝に顔を埋める。
　情けない自分に涙が出そうになるのを必至に堪えて。
「菊地君」
　頭の上から聞こえてきた声に、顔を上げる事が出来ない。
　するともう一度、名を呼んだ。
「菊地君」
　見上げると田中が前に立っている。
　それを情けない表情で見ると、笑いながら謝っていた。
「…ゴメンね」
　田中は黙って顔を横に振ると、隣に座る。
　そして田中は白手袋を外すと優しく菊地の頬に触れた。
「冷たい」
「…寒くて倒れそうになるなんて情けないね、僕」
　はは、と乾いた笑いを吐き出すと視線を下に落とす。
　その横で何か小さな音が鳴ると、田中はまた名前を呼んだ。
「菊地君」
　ゆっくりと視線を田中へ向けると、目の前には缶のココア。
　差し出されているそれを受け取ると既にプルタブが開けられていた。
「これ…」
「今買ってきたんだ。暖まるから飲んで」
「あり…がと…」
　開けられた缶に口に寄せると甘い香りが鼻をくすぐっていく。
　一口含めば、甘さが広がり身体を温めていく。
「…美味しい」
　田中は優しく口角を上げると、視線を外す。
　それを見ていた菊地は、ふと田中の耳が赤い事に気が付いた。
　持っていた缶を横に置き田中と同じように、していた白手袋を外すと手を伸ばして耳に触れる。
「田中君も冷たい」
　突然のことに小さく身体を揺らした田中だったが、菊地はそれに気が付かずすぐに手を離すと置いた缶を手にした。
　そしてまだ冷めていないそれを田中に差し出すとにっこりと笑った。
「田中君も飲みなよ、暖まるから」
「…僕が買ってきたんだけど」
　言いながら田中は缶を受け取って口を寄せる。
　それを見つめていたが、菊地はふと気が付いてしまった。
　田中の口元から目が離せない。
　缶が口から離れて、はい、と返された時にすぐに反応できなくて。
　もたつきながら缶を受け取ると田中が遠くで呼ばれ、それに返事をしながら田中が駆けていく。
　その後ろ姿を見つめて、持っていた缶に視線を戻すと菊地は一人顔を赤くした。

　―だって、これって間接キ…

　そう思ったら恥ずかしくて飲めなくなってしまう。
　でも自分の為に買ってきてくれたこのココアが冷え切る前に飲まなくては折角の好意が、などと葛藤をしていると、またある事に気が付いてしまった。

　―今日はバレンタインで、好きな人からチョコ（ココアだけど）をもらって、さらにキス（間接だけど）まで…？

「ぅわぁぁぁ…！」
　広がる妄想に、菊地は缶を握り締めたまま顔を膝に埋めて赤くなった顔を耳まで染めると、一人変な声を上げていたのだった。



＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋

なんか逃げようかな…ハハハ、は……（逃走